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杉山 隆司
世界オリエンテーリング選手権 日本男子最高順位記録保持者
1975年 全英オリエンテーリング選手権 優勝
1975年 全英リレーオリエンテーリング選手権 優勝
1976年 世界オリエンテーリング選手権 個人 26位
1978年 全日本オリエンテーリング選手権 優勝
質問1
いままで最もトレーニングをしていた時期(または、最も成績の良かった
時期)のトレーニング量、またその内容を教えて頂けますか?(距離、時間、年間計画、週の典型的なメニューなど)
オリエンテーリングは、イギリス留学中(高校2年から大学卒業まで)に始め、大学3年の時に初めて世界選手権(WOC76)に参戦した。その頃、特に世界
選手権を経験した後の学生最後の年は、トレーニングの面でも、レース成績の面でも、勿論、勉学の面でも、最も充実した時期であった。
世界を目指すエリート・オリエンティア達から学んだトレーニング上での一番大切な事は、シーズンとピークとを考慮に入れた年間計画を持つ事。つまり、初夏
と初秋のふたつの重要レース・ピリオドに合わせて、ピーキングをコントロールするトレーニング&レース計画をしっかり立てる。更に、シーズンを有効に生か
すために、オンとオフを明確に分け、オン・シーズンには徹底的に集中的にオリエンテーリングに打ち込み、オフにはクロス・トレーニングを含めて基礎体力の
強化に努める。この緩急の意図的コントロールが重要だ。
私の場合、基本的には、初夏の全英選手権と初秋の世界選手権をメインとして、夏のヨーロッパ大陸での2ヶ月の長期遠征を中心としたプランで毎年活動してい
た。普段のトレーニングは基本的にはランのみで、平均月200〜300km程度。大学の所在地の制約上、ほとんどフラットで、ロードも多くならざるを得な
かったし、夜のランも多かった。その分、週末は可能な限りレースに参戦し、そこで不整地ラン、登り、Oテクニックを磨いた。が、何と言っても長期遠征中の
実戦が最良のトレーニングそのもの、質的にも量的にも究極の集中合宿であった。(年間ほぼ50レース走っていたが、そのうち約半数は長期遠征中!)遠征中
は、周りはオリエンティア仲間だらけ、ライバル達と延々ルートの話に明け暮れ、一緒にトレーニングし、毎日オリエンテーリングに没頭した生活だ。強くなら
ない訳が無い。
ナショナル・チームやクラブでのトレーニング合宿も年に何回かは有ったが、基本的にはトレーニングとは個人で考え、個人でやるもの。コーチやエリート・オ
リエンティア仲間の話は多いに参考になるが、あくまでも自分流を作り出す事が重要。私の場合には、夏の集中豪雨的レース参戦をベースに、とにかくレースを
積極的にトレーニングの一環として活用するスタイルで通した。(I train to race, you race to train.
とよく言われた。)
質問2
競技以外で忙しい日々において、トレーニング時間を確保し、競技パ
フォーマンスを維持する上で、工夫した点がありましたら、教えてください。
イメトレ、イメトレ、イメトレに尽きる。全盛の頃は、毎回レース・ダイアリーをしっかり付けていたし、暇さえあれば過去のレースを振り返って頭の中のイ
メージで何回も走っていた。あの頃は、過去の全てのレースをいつでも完全にスタートからゴールまでイメージの中でたどる事ができたものだ。また、レース中
に究極的にのってくると、オリエンティアズ・ハイとでも言おうか、全く初めてのテレインでも、デジャヴ(既視感)の如くイメージの中のテレインと実際のテ
レインが一致し、そこを走る自分が一種の幽体離脱的に見えてくる事もあった。今回、20数年ぶりにオリエンテーリングに復活して、一番衰えたなと思うの
が、スピードも然る事ながら、このイメージングによる空間把握能力である。それは情熱のなす集中力のたまものなのだろう。
もうひとつ、自分にとってモティベーションを高く保つために非常に有効だったのは、メンターを持つ事。メンターは、一般には信頼のおける相談相手とか、良
き指導者とか、先輩という意味で訳されているが、実際には「憧れて目標とする人」というニュアンスもある。世界のトップ・エリートに憧れているだけでな
く、押し掛けていって色々と話したらいい、勝手に師と仰いでしまえばいい。今ならメル友になればいい。意外とみんな結構気さくに仲間に入れてくれるはず
だ。変なライバル意識が邪魔するなら、男なら女子の選手、女は男子の選手にメンターを求めればいい。トップ・レベルでのオリエンテーリングが10倍楽しく
なる事うけあいだ!
現在では、学生時代に比べれば遥かに時間的制約が多いが、体力的には、ある意味、学生時代より質の高いトレーニングをしていると思う。科学的知識も増して
効率の高いトレーニング・ミックスを考えられる様になったし。クロス・トレーニングを更に次の次元へ進めてアドベンチャー・レースやロゲインや山岳マラソ
ンにも積極的に手を広げている。どんな運動でも、そして休養でも食事でも、自分の目標のために意味のあるトレーニングの一環にできると思える心身の充実感
がある。体と心のバランスに自信が持てて初めて、技(特にイメージング能力)を鍛え直す事ができると思っている。パフォーマンス・アップの為の本当の工夫
は、実はこれからだ。
質問3
現在の日本オリエンテーリング界のトップ選手についての印象をお聞かせ
ください。(フィジカル面、競技への取り組み方、意識など)
申し訳無いが、正直、意見を言えるほどトップ選手の実情は知らない、何しろ20数年もオリエンテーリングから離れていたので。普段の走りを見る限りでは、
フィジカル面では充分に世界を狙えるレベルに来ているのではないか。世界との差は、何と言っても、世界のトップ連中と日常的に競り合っていられる環境にど
れだけいられるかにある。その環境は、ことオリエンテーリングに関してはヨーロッパ、特に北欧にある。テレインがどうの、コースがどうのと言うまでも無
く、自分も本場のトップ・エリート達と伍して走っていると自覚していられるかどうかが重要だ。その為には、何と言っても本場に乗り込んでいって戦うのが一
番。北欧圏以外のトップ・エリート達も今やほとんど北欧に住んでいる(昨年スイスでのWOCで完全優勝したスイス人のシモーヌですら)。日本からもボチボ
チ行っているみたいだが、本格的に移住してしまう様なヤツが出てきて欲しいものだ。これは、別に強くなるためだけに言っているのではない。やはり、究極の
オリエンテーリングの素晴らしさ面白さ楽しさは北欧(特に私の場合にはノルウェー)にあるのだ。あの自然、あの地図、あのコース、あの人々。そして、そこ
でトップ・レベルで戦えてこそ、オリエンティアズ・ハイを経験できるのだ。真剣にオリエンテーリングをやっている以上、そこまで到達しなければ勿体無いで
はないか!
質問4
2005年、愛知にて、世界オリエンテーリング選手権が開催されます。
世界と戦う日本選手にむけて、何かメッセージやアドバイスがあればぜひともお願いします。
私の考えは上記のとおり、世界選手権を目指すのであれば、世界のトップ・エリートと日常的に戦っていなくてはダメだ。勿論、最初はメタメタにやられる。と
んでもなく遠い存在に感じる。でも、その中で繰り返し繰り返し戦ううちに見えてくるものがある。実は、そんなにとんでもない差が有るわけでも無いことがわ
かる。紙一重の差のちょっとづつの積み重ねが大きな差になっているのがわかる。そうなると、段々近づいていける。テレインによっては、天候によっては、
シーズンによっては、レースによっては、一部の選手には勝てるようにもなる。自分の強みも見えてきて、それを生かせるようになる。そうなると自信がつき、
周りがよく見えてきてレースにゆとりが出てくる。当然もっと多くの選手に勝とうという目標ができる。そして壁は破られる。あとは、三歩進んで二歩下がるか
も知れないが、着実に上を狙えるようになる。
しかし、日本においては、その様な環境に身を置くことが極めて困難であることも理解できる。それならそうで、北欧に住めないことを絶対に自分達への言い訳
にしてはならない。むしろ、世界の潮流が通用しない日本での大会に、自信を持って着々と準備しているのは世界中で自分しか居ないと信じる思い込みと開き直
りが必要だ!どんなスポーツでも開催国有利の原則はある。勿論、その裏付けと成る、地の利(暑い夏という天の時も含めて)を生かすためのフィジカルとテク
ニカルなトレーニングには、当然の如く最優先で取り組むべきだ。そして、トレーニング中、レース中、何が起こっても、全ては「その日」へ向けて血と成り肉
と成ると自分なりに理論立てて自分に思い込ませる楽観的自己暗示をしよう。そうすると、全てが楽しくなる。トレーニングがつらくても、レースで失敗して
も、身体が思うように動かなくても、自分の内心ではこれは極秘の特訓をしているのだ、と思えるようになる。ほとんど自意識過剰のバカであるが、そのくらい
じゃなくちゃ世界とは戦えない。少なくとも、落ち込んだり考え込むよりましだ。是非、開き直って思い込んでみて欲しい、これはなかなか楽しく気持ちのいい
もんだよ。健闘を祈る!
(インタビュア・編集:円井基史)