筋力トレーニングを始める前に知っておきたいこと


吉田 勉










1. 筋力増強トレーニングは競技にどんな影響を与えるか

競技に対する効果として、筋力トレーニングを行うことによって得られる結果について羅列すると

    a)競技能力が上がる。
    b)競技能力が下がる。
    c)怪我をしにくくなる。
    d)怪我をしやすくなる。

すべての可能性がある。


2. 筋力強化をしやすい筋・よく本などで引用されている筋を鍛えると効果があるか

筋力増強の指標として、または、トップアスリートと一般の選手との比較などで紹介される筋としては、大腿四頭筋、ハムストリングス、上腕二頭筋、上腕三頭筋、握力などであるが、これらは単に測定しやすいためすべての筋力の代表として使われているだけであって、これらの筋が特に重要だというわけではない。むしろ闇雲な四頭筋の強化などはかえって膝の故障を招く。
一方、ジムなどで機器を使って筋力強化するとき、なかなかバランスよくできないという経験をされた方も多いかと思う。概して体の前面の筋は強化しやすいが後面の筋を効果的に強化できるマシンは少ない。マシンで強化しやすい筋として代表的な大胸筋などが特異的に強化されると、肩関節脱臼などを誘発したり、腕の動く範囲を制限したり、ろくなことがない。


3. なぜ筋力を強化することでマイナスの結果が生じるか?

単独の筋を鍛えることは、以下の点で問題がある。
鍛えられた筋肉は、他の筋肉と比較して良く使える(これも必ずそうなるとは限らないが(後述))ので、疲労してきても、その筋肉に頼ることで同強度の運動を持続することが可能となる。飛ぶ・走るといったパフォーマンスでは、多数の関節がその運動にかかわるのであるが、この状態になると相対的に弱くなってしまった筋はサボりだし、それらの筋がサポートしていた関節は筋肉による保護を受けられなくなる。すなわち、単独の筋を鍛えることで、短期的には無理が効くようになっても、同時に使いすぎによる故障の危険性が高まっているのである。
また、筋肉のバランスが変わることで、フォームが変化する可能性がある。もちろんそれを目的にある意味偏った筋力強化をする場合があるが、意識して行わなければ、トレーニング計画の混乱の元となる。
それでは、複数の筋肉を同時に鍛えればよいのではないか?ということになるが、走るということに特化して考えてみてもそれに使われる筋は多数あり、それぞれの筋を、バランスを崩さないで強化していくのは難しい。当然のことながら複数の筋をそれぞれ単独に強化していくのはかなりの時間がかかる。


4. 最大筋力を強化するだけでは使えない

では、筋力強化で、まんべんなく最大筋力のアップに成功したとしよう。しかし、それでもパフォーマンスのアップにはつながらない。筋肉は、鍛えた動きの範囲、鍛えたスピードでのみ使えるように強化される。なぜならば、筋肉を使うためには脳からの命令(または反復による自動化)が必須で、筋力強化を行いながら、同時にその収縮の形式も学習されているからである。したがって、本当に競技時に使えるようにするには、すべての筋肉を、競技時に効果的に収縮させるように教育する作業が必要である(スキルの向上)。この収縮のタイミングが合わなければパフォーマンスはかえって落ちるし、故障の危険性も上がる。


5. 筋力があっても使わないことで故障をしてしまうことだってある
  (実はそっちのほうが多いと私は思っている。)

さて、私は、できない動作をできるようにしたり、動作時の痛みを取り除いたり、を仕事としているが、筋力の変化が無い状態でも痛みを軽減するようにできるし、ほとんどの場合完全に休ませたりしない。使いにくい状態になっているため使われていない筋肉を活性化し、必要なすべての筋が効果的に使えるレベルで動作を行わせるという方法をとる。
ドクターが異動してしまった関係で、最近はスポーツ障害を見る機会はほとんどないが、見ていたころは、投球肩で投げられないという高校生の半分はその日のうちに投げられるようにできた。(経過が長いケースではとその日はなかなか難しいが。)
彼らはいくつかの理由で、使われるべき筋肉が、筋力が残っているにもかかわらず使われていなかった。またはそのためにフォームを崩していた。もしくは故障しやすいような筋肉の使い方をしていた。
 

6. さて、筋力強化は必要か?

これについては、いくつかの答えが存在する。

a)
もし現在、十分な競技トレーニングが故障なく行えるなら、特にやる必要はない。競技トレーニングの強度を上げることで、必要な筋肉はついていくはずである。

b)
故障がちで、十分なトレーニングができないなら、現在のフォームの問題について考慮すべきである。そして良いフォームに必要な筋力強化をあわせて行うべきである。

c)
明らかな筋力のアンバランスがあるなら、早急に行うべきである。

もし、a)の場合でも、“十分なトレーニングのレベル”が上がっていく段階では、b)の状態に陥ることがあると思われる。また、普段の練習はジョグしかしないというのでは、当然のことながら筋力はついていかないので、あくまで普段スピード練習や不整地走行をしているというのが前提である。


7. どんな筋力トレーニングが有効か?

a)明らかに弱い部分がある場合
単一筋のトレーニング(マシントレーニング可能)→その筋のレベルでの他の筋との協調トレーニング→競技トレーニング
これを反復しながら、トレーニングレベルを上げていく。

b)特に弱い場所が見つからない場合
多数の筋を同時に使った筋力強化。サーキットトレーニングなど。マシンを使う場合でも筋力のアンバランスの拡大を防ぐため、多数の筋を使ったトレーニングを加える。
  









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