Jenny Johansson にインタビュー

2004年11月9日

作手村ペンション・ルシュールにて





イ ンタビュアー 伊藤恭子

(※インタビュー原稿の入手に際して、伊藤恭子さんの大学同期でもある高橋善徳氏の協力を得まし た)




 スウェーデンチームなど、各国代表選手が作手村一体で一斉にトレーニングキャンプを行うこととなり、今回のインタビューが実現することとなった。

 今回私がJennyを選んだ理由は二つ、一つは彼女が今や世界大会の表彰台になくてはならない存在であるほどの安定した実力の持ち主であること、そして もう一つは彼女はとても体が小さく(身長は159cm)日本人並の小柄さであること、さらに個人的な理由であるが、私と同い年(1977年生まれ)である ため、親近感を持っているからである。

 インタビューの場は、ペンション・ルシュールの窓際の丸いテーブルである。スウェーデンチームはジャージ姿で夕食を終え、皆リビングに移ってくつろいで いる。彼女は髪を束ねて水色のスウェーデンチームの半そでユニフォームを着て、とてもかわいらしい。近くで見ると、小柄な割には腕の筋肉や、上半身などは とても鍛えられていて、細いというよりも、たくましい体つきである。
 
 今回のインタビューのテーマは、現在スーパーエリートである彼女がどのようにしてつくられていったか、子供のころから現在までの彼女を取り巻いてきたサ ポートの体制についてである。

 スウェーデンと日本ではオリエンテーリングをする環境においては、相当の違いが見られる。それはもちろん歴史の違いであり、風土・社会の違いであるかも しれない。トレーニングという部分ではなく、その他、オリエンティアを取り巻く環境について見てみるのも興味深いのではないだろうか。以下、 Jennyのインタビューを続ける。

 

今回の来日での印象などを教えてください。

 2000年ワールドカップ、2001年ワールドゲームズに続いて、今回は3度目の来日です。日本はいつ来ても面白くて、エキサイティングな国です。ポジ ティブな印象を受けます。また、スウェーデンとはとても違っているので、面白いです。

 日本のテラインは体力的にとてもタフですね。短いコースなのにとても長い時間がかかります(笑)。 でも面白い! こういう経験したことがないところに くると、いつも新しいことが学習できますから。ただ、(世界選手権のある)夏の暑さのことを考えると少し不安です。

 東日本大会のタイムは、シモーネやカロから大分離れてしまいましたが、コースでは2つ悪いルートチョイスをしまい、それがひびいたようです。それに9月 の世界選手権が終わった後、ちょっと放心状態のようになってしまって、コンディション自体はあまりよくありませんので。でも、これからきちんと上げていき ますよ。チームの中には時差でほとんど夜眠れない人もいましたけど、私は少しつらいくらいで、時差に関してはそんなに問題はないようです。

 今回のトレキャンの内容としては、まずここのテラインの特徴を知るということと、地図と表記の一致をさせるということ、森を知るということですね。

 日本とスウェーデンではかなりテラインの特徴の差がありますから、その点を考慮して、今後の日本対策のトレーニングとしては特に坂、坂、坂。(笑)ス ウェーデンでは坂があまりありませんので、大きな坂を見つけて走ることと、あと地面の質がとてもやわらかいので、足の強化を行いたいと思います。あとは、 ルートチョイスが難しいので、地図をよく研究することをトレーニングとして取り組んでいきたいと思います。
テラインはそれほど難しくはありませんが、若し間違えてしまうと、もう大変なことになってしまいますから(登りが激しいので)、地図とのコンタクトは頻繁 にするべきでしょうね。私は普段から地図とのコンタクトがかなり多い走り方をしているので、その辺はストレスにはならないでしょう。

 

それでは、本題に入りJennyが子供の頃から現在にいたる までのステップアップについて、周りのサポートの様子も含めながら伺っていきたいと思います。
※( )内はインタビューアの補足です。

 オリエンテーリングをはじめたのは1984年、7歳のときです。父がオリエンティアなので、森に行ってよく父からオリエンテーリングを教わりました。そ れに兄もやっていましたから、いつもついて行きました。オリエンテーリングをするのはとても面白いと思っていたし、それにオリエンテーリングの友達がたく さんいたので、楽しかったです。たぶんそれが1番大事ですよね。地図に関しては難しいと思ったことはないけど、クラスが上がっていくに連れて体力が必要と されてきたので、それをトレーニングしていました。

 はやくから始めるのはいいことですね。クラスがあがっていくにつれて、ひとつひとつ学ぶことができますから。

 私はオリエンテーリングを始めたときから今までずっとUlricehamns OKというクラブに所属しています。スウェーデンのクラブは街密着型で (日本でいえば野球クラブみたいなものか)、私の所属クラブのある街は大きくないし、クラブも小さい方です。

 クラブでの活動としては、毎週火曜日と週末のトレーニングの2回だけでした(他の強豪クラブに比べたらかなり少ない内容。場所によっては毎日トレーニン グを行っているクラブもある)。クラブの中で個人コーチはいませんでしたが、年代によって担当のコーチがいて、指導したり面倒をみたりしてくれました。そ の代わり、そういう技術的指導は父がやってくれていました。

 このクラブの良かったことと言えば、いろいろな大会に地域を越えてたくさん出かけて行ったことでしょうね。子供の頃にいろいろなテラインを経験できたこ とは、とてもよかったと思います(スウェーデンでは分かれた地域ごとに大会が開かれ、オーリンゲンや国内選手権などの特別な大会でない限り、ほとんどその 地域内で参加する。車で1時間から1時間半程度の範囲内である。それでも毎週のように大会が開かれる)。

 クラブではそれぞれの地域でスポンサーを獲得していて、クラブのメンバーは金銭的な負担が少ないです。たとえば、参加費については16歳まで、エリート についても無料ですし、遠征費なども負担してくれます。新聞社はスポンサーとしてとりやすく、またこのクラブがもっている地方新聞社はよくオリエンテーリ ングをとりあげてくれるので、それで地域の理解も得やすいし、他のスポンサーもつきやすくなります。

 
 学業との両立については、多くの場合、上手くいっていました。時々はやっぱり難しいけれど。高校(16歳から19歳)はオリエンテーリング授業の選択の ある学校(Eksjo gymnasiet)に通いました。そこに行った ことで、とてもたくさんのことを学びました。

 授業では技術トレーニング、特にとても組織だったトレーニングができるし、また自分でトレーニングプランや年間プランをたてたり、理論的なことを教えて くれる先生もいました。そこで私はどのようにトレーニング計画をたてればいいのかを学ぶことができたのです。それに、宿舎には30から40人のオリエン テーリング仲間ばっかりいて、一緒に暮らしていましたから・・・分かるでしょ?

 
 スウェーデンでは20歳以下のジュニアクラスが大きな目標のひとつで、ジュニアランキングもあります。私がジュニアチーム入りしたのは18歳のときでし た。SILVAジュニアカップなどでいい成績をとるとジュニアチーム入りができるようなシステムになっています。19歳のときに怪我をして、20 歳で JWOCに出場したのが初めての国際大会でした。ジュニアの頃に比 べると、シニアに入ってからのほうがいい成績をだしていますね。



ナショナルチームではどのように選手のサポートがされている のでしょうか?

 ナショナルチームのメンバーとはいつも一緒にトレーニングしているわけではないのですが、トレーニング合宿などでよく会って練習しています。

 普段のトレーニングは一人でするか、またはイエテボリにたくさんのオリエンティアがいるので一緒に集まったり、陸上選手と一緒に走ったりしてトレーニン グします。

 ナショナルチームのコーチとは電話でトレーニングの状況や、今後のプランを話します。でもそれは具体的にインターバル10本やる、とかいう詳細な内容で はなく、こういうことをやったよ、とか、どういう調子だとか、気分はいいとか、今後はどうしたいとかそういうことを話します。私は冬季の場合、一週間10 時間から14時間のトレーニング量です。でももっと いっぱいトレーニングしている人がたくさんいますよ。

 女子ナショナルチームのコーチであるMaritaとはよく電話で話します。彼女は特に大事な大会の前に電話してきて、どういう感じでトレーニングしてき たのかとか、どういう風に感じているかなどを聞いてきます。特に彼女にはとても満足しています。

 代表選手をどのように選出するかということについてはコーチにおまかせでよくわからないけれど、代表選出レースが何回かあってそれを考慮されます。女子 は実力差が結構はっきりしているのですんなり行くことが多いけど、男子の場合は特にもめることが多いですね。

 金銭的な援助については、例えば今回の日本遠征については協会が全額出資してくれているように、遠征については協会が負担しています。

 他にも個人スポンサーがついてくれていますが、それはいわば現物支給で、シルバのコンパスとか、ジャージとか、エネルギードリンクとかで、お金ではない です。クラブのスポンサーでは、車を提供してもらったりして、それに乗ってみんなで遠征に行きます。

 エリートとなった今は、自分がもっと前に出ることで、クラブがもっとスポンサーを獲得しやすいようになるといいと思っています。


 スウェーデンの世界選手権を大きな目標としていたので、仕事を今までせず、学生だったのですが、今は50%くらいの仕事を探しています。

 もし自分がママになったら、このままオリエンテーリングを続けるかどうかはわかりません。といっても現在のようなスーパーエリートとしてではなくという 意味です。オリエンテーリングは大好きですから、もちろん生涯続けていきますよ。

 日本の世界選手権に向けて、坂トレーニングと足の強化をしてがんばります。



どうもありがとうございました。

 30分以上にわたるインタビューをさせていただいた。Jennyの話の中で印象的だったのは、ナショナルチームは基本的に個人でトレーニングを任されて いることが一つ。当然優秀なオリエンティアが多くいるスウェーデンでは、すでにレベルが世界トップであり、それに関してはコーチもいちいち管理する必要は なく、自己管理のきちんとできる選手だけが勝ち残っていくのだろう。それよりも逆に女子コーチのMaritaが行っているように、選手の相談相手になった り、ポイントで選手のサポートをすることが重要になっていくのだろう。彼女はオリエンテーリング学校に通っていて、それは多くのスーパーエリート選手に共 通することである。技術的にも体力的にも成長期を迎えるジュニアの時期にそのような理論的な講義と、自己管理方法を教わることは、優秀な選手を育てる上で 大変有効だと思われる。

 金銭的な面ではスウェーデンはかなり恵まれており、オリエンテーリングするにはほとんどお金がかからないエコノミーなスポーツである。彼女の話のよう に、クラブが地域にスポンサーを獲得しており、さらに国からの補助金がでるため、家族でも参加しやすいし、気軽に楽しめる。しかしそれで彼女のような選手 がプロで生きていくことはできないのだ。

 また印象的だったのは、やはり今の状況を維持するのは大変なのだと感じたことである。それは、ママになったらスーパーエリートは目指さないという発言に も見られる。いつまでもこのように続けることはできないが、今はオリエンテーリングに集中する時期だと決めているということがときどき発言から感じられ た。そこが今の彼女がとても強い理由の一つなのかもしれないと感じた。

 来年の世界選手権が、彼女にとってどのようなものになるか、とても楽しみである。



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